blog 日記

夜も徒然なるままに・・・・。

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みなさんこんばんわ、すーちゃと申します。

たまに、詩的なしゃべり方をしたい時ってありませんか?きれいな文章ではないけれど、この何とも言えないセンチメンタルな気持ちを表したいときには、少し切ない表現の仕方が楽しいというものです。しゃべりもそうですが、文章にも残したくなります。せっかく、ブログというものがあるのですから、利用しちゃいましょうね。

 

 

思いのままをうららかに。

さぁ、奏でましょう。心のさざ波をすべて文章に込め、書き連ねていきましょうか。

 

 

ふとつらい時がある。何かがつっかえているような感覚だ。

胸のどこかに何かが潜んでいる。それははっきりとしたものではなく、なにか抽象的な、表現できないものだろう。でも、何かが引っ掛かっていることはよくわかり、それが私を苦しめている。

どうしてここまでふさぎ込んでしまうのだろうか。気持を正直に表現できたら、どれだけ自分が楽になるのだろうか。そう思う日々が続いていく。

気持ちというものは扱いにくいものである。時には出して、時には抑えて。人間社会で生きる上では必ずと言っていいほど、自分でコントロールする必要が迫られる。いつも、どんな時も、自由に出していけたらそれだけ楽だろう。ふとそう思うことがある。

しかし、気持ちを出さないということは、逆に気持ちを出しても仕方ないというあきらめがあるからだ。気持ちを出し切れないのは、恥ずかしいから、気持ちをうまく表現できないから。いろいろ理由があると思う。しかし、最後の最後には「出してもなにも変わらないから」という答えになってしまった。

気持ちを出したところで、世界が変わるわけではない。周りが助けてくれるわけでもない。世界は、何も変わらずまた一歩を進んでいく。ただそれだけだからだ。

人は、成長するにつれてそこを理解していく。自分という、たった一人の小さい人間ができることに気が付いてしまう。たったこれだけのことしかできないのかと。自分はいかに無意味なのかと。気が付いてしまうのだ。

もしそれが本当にそうであるのならば、私は子供でありたい。子供のまま、成長せずに、進みたい。さすれば、悩むことなどないのだから。自分のあるがままに考え、あるがままに進めばいいだけなのだから。

もちろん、それでうまくいかないことは十分に承知しているつもりである。だって、経験をしているから。親の保護のもと、自分の考えを通せばどうなるかなんてわかっている。結局は、子供のころの経験なのかもしれない。

自分の考えを出せば、何もかもうまくいく。誰かがやってくれる。そんな環境に生きてきた人なのであれば、このような気持ちを経験することはないのだろうか。自分の考えを出せば変わる自信にあふれている人であれば、そんな気持ちにはならないのではないだろうか。

そんな考えが回ってしまうのだ。

わからない。わからないことが分からない。何もかもわからないままでいたい。無知のままでいたい。そう考えていく。考えたくもないことを考えないように考えて。さらに深く考える。もう何が何だか分からなくなっていくころだろう。

こう書いたとき、果たしてどれだけの人が理解してくれるのだろうか。自分の考えに同意してくれるのだろうか。きっと、それはたった数人。指で数えられるくらいの人間しかいないのだろう。その一人が、自分の近くにいてくれれば…。そう願う日々だ。

自分の中にぽっかりと空いた穴は、もともと入っていたものが戻ってこない限り埋まらない。代わりのものがどんなに良いものであろうと100%ぴったり入ってくるものはないのだから。どこかに隙間が空いてしまう。どこからか何かが漏れてしまう。そんな大きな穴は修復することなんてできないだろう。

それでも、人間は妥協をしながら、ふさがらない穴から目を背けながら、前に進んでいる。きっといつまでも埋まらないと分かっていても。いつか埋まる。これで十分なんだとあきらめる。そうやっていつまでも生きていく。

たった100年しかない人生を。短く長いこの人生を。ただただ生きていくのだ。自分の行動が何も買えないと分かっていても。この歴史に何も残さないと分かっていても。

 

変わるのは、自分だけなのだから。

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